こんにちは。チョコレートを主なテーマに掲げる、ジャーナリストの市川歩美です。
多くのチョコレート愛好家のみなさんが、心配していると思います。鹿児島県鹿屋市のチョコレート店「kiitos(キートス)」で、10月24日未明、火災が発生しました。
幸いけが人はなく、スタッフや近隣の方々も無事です。しかし、店舗兼チョコレート工房は全焼してしました。代表の大山真司さんは「ここで終わるわけにはいかない。もういちどキートスを再開させたい」と語っています。この記事では、火災の状況と大山真司さんによる話をまとめます。
kiitos(キートス)とは

kiitos(キートス)は、鹿児島県鹿屋市を拠点とする素敵なビーントゥバーチョコレートショップです。
公式サイト:https://kiitos-cacao.com/
店名のkiitos(キートス)は、フィンランド語で「ありがとう」という意味。カカオ豆の選定から焙煎、製造、包装にいたるまで、すべての工程を自社で行っています。
運営しているのは、「Lanka(ランカ)」という就労継続支援B型事業所です。代表の大山さんは、障がいをもつ方々の就労を支援するため、2011年にLanka(鹿屋市のNPO法人)を設立。2017年には奥さまの愛子さんとともに、利用者のみなさんの個性をより生かせるようにと、チョコレート工房「kiitos」を立ち上げました。
「一人ひとりが自分の輝き方を見つけられるよう支援することが私たちの役割」と大山さん。Lankaは、フィンランド語で「糸」を意味します。人と人、地域と社会を糸のようにつなぐことを願い、障がいのある方々も楽しく働ける場としてkiitosは誕生しました。

チョコレートづくりは、メンバーそれぞれの得意分野を生かした分業制で、ご自身の得意なことをいかしています。チョコレートづくりの各工程に関わり、包装やラッピング、陳列、シール貼りなども担当しています。
創業当初は、海のそばにある「ユクサおおすみ海の学校」内にあり、廃校になった旧菅原小学校を活用していましたが、2023年10月29日(日)にここでの終了を終えて、鹿屋市の中心市街地(鹿屋市寿3丁目3137-1)へ移転しました。
キートスの火災のこと
kiitos(キートス)の火災は、令和7年(2025年)10月24日未明に発生しました。明け方に近隣住民の方が発見して通報、消防隊の迅速な対応によって、人的被害はありませんでした。
しかし、店舗も工房も全焼。チョコレート作りに必要な機械・製造設備・原材料・記録・完成した商品など、多くの大切なものが失われることになりました。
クラウドファンディングで、再出発へ
火災からの復旧には時間と費用がかかります。
すでに多くの方が応援していますが、クラウドファンディングが立ち上がっています。「これまで支えてくださったみなさんと、メンバーと、もう一度チョコレートをつくりたい」そんな大山さんの思いをうけ、大山さんの高校時代の同級生の協力によって始まりました。
目標金額は1000万円。11月初旬の時点で約870万円以上が集まっています。

「ありがとう」の名を持つkiitosが、もういちど「ありがとう」を届けるためのチャレンジだと思います。
kiitos(キートス)代表の大山真司さんに聞きました
キートスの代表、大山真司さんと奥さまの愛子さん。私は、おふたりとこれまでに何度もやりとりしてきました。折にふれ、お会いしたり電話でお話したり、おいしいチョコレートを買って食べたり。日本経済新聞の取材で、鹿屋市の工房へ出かけたこともあります。

火災のニュースは、私にとってもショックでした。心やさしい人たちが作る、美味しいチョコレート工房です。
実際、状況はどうなのか、ご心配されている皆さんのためにシェアしたく、私が大山真司さんと愛子さんからお聞きした話をここにまとめておきます。
キートスの大山さんに伺った火災のこと

キートスの代表・大山真司さんにお話を伺いました。
大山さんは、火災が起きた当初は、すぐ現実を受け止められず「これは夢じゃないかな」と感じていたそうです。クラウドファンディングでの応援や激励のことばをいただくにつれ、辛い現実を受け止め「もう一度がんばる」と決意を固めたそうです。
市川:火災の状況はどうだったのでしょう。何が失われてしまったのでしょうか?
建物自体は形は残っていましたが、中が煤だらけでした。白を基調にしていた部屋は、黒やグレーになって、機材も焼けてしまいました。冷蔵庫などは残っていて、大丈夫かなと思ったのですが、実際は煤がひどくてパネルなどもダメージを受けていたのでやはり廃棄。機材は9割使えなくなりました。真空パックして棚においていたカカオニブや、砂糖などの原材料も燃えてしまって、冷蔵庫の中に入れたお菓子の材料は大丈夫かな、と思ったものの、匂いがひどくてだめでしたね。カカオ豆や包装紙などは、別の場所で処理していたので助かりました。
市川:工房に隣接していたお店はどうなったのですか?
ショップは、工房から壁1枚で隔てていましたが、結局は消防車が突入して、水をホースでかけることになったので、商品はほとんどダメになった状態です。
市川:キートスのメンバーのみなさんはどうされていますか?
火災がおきた初日、メンバーさんを集めて、火災の報告をしました。「キートスが火災でも燃えちゃってね」と。
17人くらいのメンバーは悲鳴に近い声を上げていました。「でも、ここで終わるわけにはいかないから、僕も悲しいけどみんな力をかしてほしい」と正直にありのままを伝えました。「みんなで作ってきたkiitoを、はい、終わりました、としたくない。逆に一緒にがんばろう」というとメンバーさんは「施設長(大山さん)も大変だけど、一緒にがんばろう」といってくれました。精神的なダメージは大きいと思うけど後からきくより、すぐに伝えようと思ったので、瓦礫を運び出した真っ黒な手を出して、煤がすごいんだと。「通常のランカの仕事じゃないこともやるよ。瓦礫を運ぶのも手伝ってもらっていいかな」といったら「施設長も大変だけどがんばろう」と。涙がでてきました。
市川:メンバーさんは、施設長の気持ちをまず考えてくださるのですね。
「みんなで一緒に復活したい」という思いで、逆に僕が動揺してはいけない、と考えていました。メンバーが頑張ろう、やりなおそうといってくれて、気持ちがまとまりました。

火災は金曜日に起きました。次の日の土曜日にはメンバーさんと瓦礫の撤去をしていました。
軽トラに瓦礫をのせながら「せっかくのやすみなのにごめんな。明日の日曜日はなにするの?」ってメンバーさんに何気なくきいたんですよ。「やすみなので買い物へいきます」といつものように言うのかな、と思っていたら、日曜は体を休めるようでした。「月曜からまたいろいろあるし、疲れた顔なんか見せたら施設長にわるいから。大変だけどがんばろうね」って……。50代後半の男性のメンバーさんで、チョコレートのモールドの洗浄を綺麗にしてくれていて、チョコレートの製造も関わり初めていた方です。
市川:今、建物はどういう状態ですか?
一旦中のものは出しました。借りている場所なので、まず中から瓦礫、オーブンや冷蔵庫を出してスケルトンにしないといけないんです。みんなで瓦礫やゴミを出したり、中を掃除しました。煤は残っていますが、中はなんとか空になりました。
市川:火災の原因が気になります……。
カカオを砕いて熱を加えてなめらかにする 「メランジャー」という機械があります。24時間、メンバーがいなくなった夜も工房で稼働しているものなんですね。その機械が原因ではないか、と消防署は話していました。ただ、気温にも清掃も気をつけていて、モーターに熱が入りすぎるとストッパーが稼働するはずなので、まさかあれが?との思いはありましたが、これは起きたこととしてうけとめています。

市川:24時間以上メランジャーを回し続けるビーントゥバーブランドにとって参考になるのでは?
はい。申し訳ないことではあるんですが、今後ビーントゥバーメーカーさんのために経験を共有することで役立てるのなら、とも考えています。こういうことが起きる、気をつけなくてはいけないということで、再発防止のためにも情報共有して。万が一のこともありますので、これからはメンバーがいる時間に12時間、一旦とめて翌日12時間、という形で動かすつもりでいます。
市川:マシーンに違和感があったらすぐメンテナンス、より注意深く扱う、といった注意喚起にも繋がりますね。それにしてもカカオからチョコレートを作る工房、復旧には必要なものが多いことでしょう。
チョコレートを作る機材、エアコン、冷蔵庫など……多くのものが再開のために必要です。テンパリングする機械やカカオ豆を砕く機械なども買わなくてはならないです。そういうものへの保険は私たちにおりないので、みなさんからの支援にはとても感謝しています。「よかったら使ってください」といって、カカオ豆や機材などの面で、協力してくださるメーカーさんもいて有難いです。

市川:今後について、見通せる範囲で教えてください。
まだわからなくて、今は私の意見ですが、できれば同じ場所で春くらいに再開したいです。骨組みがしっかりしているので、できる気がします。今地元の友人が火災当日「うちのショップで販売していいよ」「鹿屋でキートスがやってることを止めるのはよくない気がする」と言ってくれたり、製造ラインがとまってしまいましたが、うちから独立したチョコレートの材料を作っている人も地元にいて、うちの場所を使っていいですよとも。有難いです。
バレンタインは、大阪と福岡で予定通り販売したいです。チョコレートの数は少なくなると思うんですけど、これから話し合って決めていきます。
市川:再出発への思いやみなさんにお伝えしたいことは?
大山真司さん:kiitos(キートス)って、ありがというという意味の名前なんです。今回のことで一層これまでのつながりに感謝しています。
より安全で、開かれた工場をめざしたいし、これをきっかけに一層つながりができる場所になるのかな、とも思いました。ご迷惑をかけてしまったので、複雑な思いの方もいると思います。でもあたたかい強いチームをまた作りたい。全国の福祉施設の方からも応援してもらい、地元・鹿屋の人も心配して声をかけてくれます。「ここでコーヒーも飲めたのに、立ち寄れる場所がなくなるのはさびしい」とか、小学生の子から「どうしたの?がんばってね」、おばあちゃんが「怪我とかなかった?」「一層強いkiitosを作ってください」という言葉もいただきました。また「ありがとう」と言い合える場所を作るために、前を向いていきたいので頑張ります。
愛子さん:今回のことで、本当にたくさんの方からご連絡をいただいて、応援も心配もしていただきました。私たちは多くの人に支えられてきているんだなと、実感できた機会でもあります。私たちが積み重ねてきたことが無駄じゃなかったのかな、私たちはこんなにも見守っていただいてきたんだなと、改めてわかりました。この経験を無駄にすることなく、みなさんにお返しできるよう努力していきたいです。
メンバーのみなさんのやさしさ

私はが取材で、鹿屋にあるキートスの取材に出かけたのは2021年の秋でした。メンバーのみなさんにお会いして作業を取材、たくさんお話をしました。心があたたまるような気持ちになって帰ったのを覚えています。作業がとても丁寧。こんな作業を重ねれば、おいしいものができるはずだな、と感じていました。
大山さんは、最後に私に、こんな話をしてくれました。
火災のあと、大山さんが長野へ行く仕事があったそうです。出発前はお昼ごろ。事務所を出ようとする大山さんにメンバーのおひとりが「施設長、長野に行く前に、味噌汁作ったからのんでいって。味噌汁のんだらがんばれるから。がんばっておいで」と言って送り出してくれたそうです。出汁のきいた、わかめと厚揚げのお味噌汁。心に染みたそうです。
こんなお話をきくと、あのときお目にかかったおもいやりのあるメンバーのみなさんの姿が目に浮かぶようです。
kiitosを応援するクラウドファンディング・問い合わせ先
大山さんの高校の同級生の協力によって立ち上がったというクラウドファンディングはこちら

問い合わせ先はこちら
Lanka/kiitos
代表:大山真司さん
住所:鹿児島県鹿屋市北田町11132番地1
電話:0994-45-5731(クラウドファンディング詳細はサイトをご確認ください)
日々の仕事の中で感謝を交わし合う、やさしい関係を育てたい。そんな願いは常に私にもあります。kiitosに関わるみなさんからは、そんなおもいが感じられるのです。
大変な状況の中、お話をおきかせくださった、大山さん、愛子さん、ありがとうございました。私も心ばかりの支援をお送りし、さらにジャーナリストとしてこうして情報をお伝えして、kiitosさんを応援します。
text & photo ジャーナリスト/チョコレートジャーナリスト 市川歩美
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