こんにちは。チョコレートを主なテーマに掲げるジャーナリスト、市川歩美です。今日は、おいしいチョコレートの情報だけでなく、私が自分の活動をSNSや文章でお伝えしている理由についてお話しします。自己アピールがしたいから?ではありません。実は、わりと真面目な思いがあるんですよ。
いったもんがち?
かつてのこと。テレビでチョコレートジャーナリストと紹介されると、「チョコレートジャーナリストってなに(笑)」「あやしい」みたいな反応があったりしました。「いったもんがちですね」なんて言われたことも!
さすがに今はそういう反応は減ったものの、ゼロにはならないのかもしれません。こういうのは受け手それぞれの感じ方の問題なので私はかまわないんですが、おそらくそういう反応の理由は、日本でチョコが「消費されるだけのおやつ」としか、認識されていないからでしょう。
チョコレート(軽いもの)とジャーナリスト(どこかシリアスな響きのある言葉)
その組み合わせに「単なるお菓子に、ジャーナリストって」としか感じない人がいるのでしょう。
チョコレートは、一生かかっても語りきれない世界
でもね。それも当たり前かな、と思うんです。だって、チョコは日本でずっと、単なるお菓子で、遊びの延長のように捉えられてきたのですから。
ところが、現実はまったく違うのです。魅力がありますが、歴史的にとても複雑な存在です。私にしたら「気軽なもの」などとんでもない。チョコレートの世界は、目が眩むほど深く、時に「とても重い食べ物」です。
ワインやコーヒーや食文化全体、そして他のあらゆるものもそうです。チョコレートは文化や社会と関わり、歴史があり、世界中の文化でもある。経済、農業、科学、人の人生ーー。一生かかっても全てにたどり着くことはできないでしょう。
チョコは単なるお菓子でいいんだろうか
私は、もともとチョコレートの愛好家で、いつのまにかチョコレートを仕事にしていました。
立ち位置を決め、踏み込んだからこそ問題意識をもつに至った人です。私は実はしょっちゅう思っています。チョコレートは「おいしい」「人気の新商品」「パリで人気のショコラ」「限定品」ーー。日本人は、そういうある意味軽やかな消費の文脈だけの付き合い方をチョコとしていて、いいんだろうか。
産地を訪ね、カカオを育てる人々と会い、光だけでなく影も見ています。チョコレートを作る人の人間性も垣間見えます。正直、表面とのギャップを知り、考えが180度変わったことあります。光の向こうには、影もある。あらゆる本当のことを知る立場になり、キラキラした消費ベースの表面にふれ、純粋にチョコを愛好していた頃とは考え方が変わりました。私はチョコレートを再統合するため、結構な時間をかけてきた人でもあります。
伝えたいことを伝えるための努力
というわけで、話はもどりまして、タイトルにある、私の活動についてときどきここにもSNSにも書く理由、ですね、それは伝えたいことがあるからです。
私は有名作家でも大学教授でも、世界的に有名な企業の代表でもありません。肩書きや権威で信用してもらえる立場ではありませんから、自分がどう動き、何を経験してきた人かを伝えるしかないんですね。つまり「信用されないと届かない世界で、ちゃんと伝えたいことが届く努力を粛々としている」という地味な感覚に近いものです。
チョコレートの世界で活動して、15年ほどになりました。
ありがたいことにチョコレート界隈では知られるようになりましたが、それでも世の中全体で見れば、私を知らない人が大半です。だから私が伝えたいことが伝わるよう、自分が何者かもある程度伝える必要があると考えています。著者となれば、チョコの世界の外、いわば大海原に出るのですから、著書となればなおさらです。
人と向き合うとき、私は肩書きより何を考え、何をしている人かを見ています。そのため、自分自身にも同じ基準を当てはめているところがあります。盛ることなく、なるべく等身大に、ということでしょうか。
チョコレートは単純ではない
チョコレートと日本、カカオという農作物、産地、作り手、流通、マーケット、消費。私は広い範囲に興味があります。しかしチョコの味や美味しいチョコ、という商品だけでなく、こういったところまで、こんなに人生の時間をかけて分け入っている(物好き・チョコ好きな?)人は、めずらしいらしく、目線が合う人が、意外といないのです。
私のような人がいないことを私がよく知っているのは、1990年代からチョコマニアかつ、放送局にいて本好きで、あらゆるチョコに関する出版物や情報にふれてきたからです。チョコレートを日本人がどう捉えてきたかを、実体験として思い返せたりもします。
カカオ生産者側から見るか、消費者側から見るか。それだけでも答えはひとつではありません。売る人もそれぞれ。「売れればいい」人もいれば「チョコというものを心から好きで向き合っている」人もいる。買う人もそれぞれ。話題のショコラティエを追いかけたい人も、チョコレートにだけ興味がある人も。ビジネスであり、文化。同じチョコレートを前に、景色は様々です。
チョコレートを考えることを求める人へ
問題提起すらされていなかったことが多いこの世界。私などがすぐ答を出すことなどできないことばかりです。結論が簡単に出せず、簡単に白黒つけられないのです。
そんなこんなですが、私は日々模索し伝えようとしています。なんなんでしょうねこの人はと、自分でも苦笑することがありますが、しょうがないですね。子供の頃から好きなんです。私はいつもチョコレートやカカオと一緒。
チョコを甘くておいしいお菓子として楽しむだけでも、もちろんOK。チョコは消費国に暮らす私たちをいつもハッピーにしてくれる存在ですからね。でも私は、「チョコレートをあらゆる側面から考えたい人たち」へも、情報を届けたいと思っています。それがいつか遠い未来への継承にもなるでしょう。
微力であることは重々承知しています。それでも、メディアで発信したり、取材に出かけたり。同じ時代にこういう私を理解してくださる、メディアのみなさん、楽しいチョコ好きなフォロワーさん、素晴らしいチョコレート関連企業やブランドのみなさんと一緒に積み重ねられていることを、心からありがたいと思っています。
今も、もしかしたらこれからもずっと私はプロセスの途中。そんな感じもしています。
text & photo ジャーナリスト/チョコレートジャーナリスト 市川歩美
著書「チョコレートと日本人」(早川書房)「味わい深くてためになる 教養としてのチョコレート」(三笠書房)

