森永紅茶の歴史を辿るタイチロウモリナガ「薫ル TEA SELECTION」

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こんにちは。チョコレートを主なテーマに掲げるジャーナリスト、市川歩美です。森永製菓のTAICHIRO MORINAGA(タイチロウ モリナガ)ブランドから発売されているお茶が、素晴らしくて驚きました。知られざる森永の紅茶の歴史と物語が込められ、しかもチョコレートに合うように設計されています。ぜひ、みなさんにシェアします。

目次

森永製菓はかつてお茶を作っていた

「TAICHIRO MORINAGA 薫ル TEA SELECTION」は、紅茶とほうじ茶のティーバッグの素晴らしいセット。タイチロウモリナガファンの方なら、すでに手にしていますよね。私自身、紅茶が好きでいろいろ味わいますが、ここまで日本の奥深いストーリーを内包した紅茶に出会ったのは初めてです。

多くの商品が、数量限定販売のため完売。お茶はまだ現時点で購入できるのでリンクします。
以下がリンク(4/4現在)

シンプルに「おいしいお茶」だけではない、時空を超えた物語。

紅茶とほうじ茶のセット「薫ル TEA SELECTION」から、かつて森永が手がけていたお茶がよみがえります。創業者・森永太一郎の志から始まった、お茶づくりの歴史と記憶が刻み込まれています。

創業者は「お菓子に合うお茶」を考えた

チョコレートやキャラメルはよく知っているけど、森永製菓が、かつて「お茶」を手がけていたことを知る人は、ほとんどいないのではないでしょうか。

かつての日本でよく知られていたようです。始まりは大正時代。森永製菓の創業者・森永太一郎が、アメリカへ向かう船上で、お茶の輸出に携わる人と出会ったのがきっかけでした。

森永太一郎は、言わずと知れた、西洋菓子を日本に広めた人物です。「洋菓子が広まれば、それに合う飲み物が必要になる」。そう直感したことから、お菓子を作る森永のお茶作りがスタートしました。

日本にほうじ茶をひろめた森永製菓

森永太一郎のお茶への思いは、まず、大正14年に、ほうじ茶となって、実を結びました。

今では高級品などもあるほうじ茶ですが、当時は家庭で余った茶葉を炒って楽しむ、いわば自家製のお茶でした。全国に流通するようなメジャーなお茶ではなかったのです。そんなほうじ茶を、森永は商品化して全国に流通させました。つまり森永は、ほうじ茶を日本中に広める役割を果たしたともいえます。

100年の系譜を受け継ぐほうじ茶

森永は当時、京都の「山城製茶」とともにほうじ茶づくりに取り組んでいました。大正14年に発売された「宇治かほる」は、山城製茶との共同経営によって生まれています。

この「山城製茶」の系譜は、現在も京都「おふく園」へと受け継がれています。

今回の「TAICHIRO MORINAGA 薫ル TEA SELECTION」に含まれるほうじ茶には、その「おふく園」の茶葉が使用されています。つまり私たちは、100年という時間を経て、森永のほうじ茶の原点に触れられるわけです。

実際に味わうと、感慨深いものがあります。チョコレートとともに楽しむことを前提に設計されているので、お菓子と調和する力強いバランス。宇治緑茶の茎の甘さや茶葉の旨味のおいしさを残しつつ、浅めに焙煎したほうじ茶です。

紅茶に込められた奇跡

続いて森永紅茶の歴史です。

昭和初期、森永は紅茶製造に着手します。舞台は、当時日本統治下にあった台湾。「洋菓子に最も響き合う飲み物」として紅茶に着目し、昭和9年に台湾で、紅茶作りをスタートしました。

第二次世界大戦の勃発により、台湾でのお茶づくりはストップ。昭和18年以降、戦局の悪化によって台湾からの輸入が困難になり、昭和21年には台湾から撤退しました。ところが近年になって、かつて植えられていた森永のお茶の木が、いまも台湾の地で育ち続けているのがわかったのです。

樹齢は約90年。それをいまも守り続けている生産者がいたことも、奇跡といえるでしょう。そのことを知った森永のティーソムリエである小野隆さんらは台湾へ赴きました。輸入は決して容易ではなかったそうですが、その木から採れた茶葉を日本へと届け、今回のブレンドに使用されています。

森永のお茶の木は健在だった

それだけではありません。戦争によって台湾でのお茶栽培が途絶えたあと、日本に受け継がれ各地へ広がった森永のお茶の木の茶葉も、この紅茶にブレンドされています。

台湾から引き揚げた技術者とともに、森永は高知県、三重県、奈良県で荒茶生産をスタートしました。昭和30年代には需要のピークを迎えたといいます。しかしその後、紅茶の関税自由化などをきっかけに海外からの輸入へと切り替え、紅茶事業からは撤退しました。

ところがなんと、奇跡的に、その過程で植えられたお茶の木が、各地で生き残っていることがわかったのです。

三重県亀山市:当時森永の紅茶に使われていた品種「べにほまれ」を守る活動が続けられています。これは日本初の登録品種で、昭和26年には世界最高値を記録したこともあります。

高知県佐川町:「はつもみじ」という品種が守られています。かつての紅茶生産工場は数年前まで残されていたそうですが、現在は地元企業によってリノベーションされ、形を変えて現存しています。

奈良県山添村:森永が紅茶に使用していた「べにほまれ」の木が奇跡的に1本だけ残っていたのだそう!その木をもとに挿し木で増やし、一昨年、初めての収穫と商品化が実現しました。

森永のお茶の木は生きていたんですね。

今回、高知の「はつもみじ」は生産数量が少なくブレンドできなかったそうですが、旧森永の畑を受け継いだ方を師匠とし、技術を引き継いでいる方から「べにほまれ」と「ダージリン系の品種」を掛け合わせた「べにふうき」を提供してもらい、香り付としてブレンドしているそうです。

実際に各地へ足を運んで、歴史を掘り起こしていただいたことで、各地に点在していた歴史の断片が、再びひとつになりました。奇跡の結晶ともいえるでしょう。

お茶の文化を未来へ

プロジェクトに関わった森永の小野隆さんによると、森永からの突然の呼びかけに、驚きながらも新たな意欲を持ってくださるご高齢のお茶農家の方々がいらしたそうです。

「もう少し続けてみようか」というお声もあったそう。それは、日本のお茶文化を守る小さな、確かな光ですね。日本のお茶文化が、未来へ手渡されていく希望を感じました。

創業者の意思をつぐTAICHIRO MORINAGA(タイチロウ モリナガ)

「おいしい」「味わい」「楽しい」といった価値にとどまらず、「文化」をも届けようとする森永製菓の姿勢。それが形になったのが、TAICHIRO MORINAGA(タイチロウ モリナガ)の商品です。私はこのブランドが誕生した当初から、注目してきました。

ほうじ茶は、日本のほうじ茶文化の原点に触れる体験を。紅茶は、時代と国を越えて受け継がれてきた物語を、それぞれ一杯に宿しています。

背景を知るほどに、このお茶は決して当たり前に手に入らないのがわかります。同じ形ではもう出会えないかもしれません。チョコレートとともに味わうとより美味しくて、私は一口ごとに、時間と記憶がほどけていくような体験をしました。

このお茶のセレクションは、私に森永の歴史を伝えてくれました。森永太一郎が切り開いた道が、未来へと手渡されている――それ感じさせる、胸に迫る物語でした。

これからも、日本のチョコレートや菓子文化を切り開いてきた森永太一郎の志を、さまざまなかたちで伝えていただきたいです。TAICHIRO MORINAGA(タイチロウ モリナガ)の取り組みを、これからも楽しみにしています。

TAICHIRO MORINAGA(タイチロウ モリナガ)のオンラインショップ

追記:「和みテリーヌショコラ」はとてもおいしいおすすめ!私は購入に間に合いましたが、人気のため完売です。次の販売の機会があればぜひどうぞ。「バウムクーヘン」もおいしいですよ!

text & photo ジャーナリスト/チョコレートジャーナリスト 市川歩美

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